一ノ瀬ワタルの学歴どうなの?完全ピュアな彼の生き方とは!

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今回は、ネットフリックスドラマ、『サンクチュアリ聖戦』にて一躍有名になった俳優、一ノ瀬ワタルさんです。

彼の、学歴が気になり調べてみることにしました。

母子家庭で育った、一ノ瀬ワタルさんのピュア生き方にふれ、たいと思います。この記事でわかることは、以下のことです。

  • 一ノ瀬ワタル 学歴
  • 一ノ瀬ワタルの生き方
  • 一ノ瀬ワタルのまとめ

一ノ瀬ワタルの学歴

一ノ瀬ワタルさんは、佐賀県出身で小中学校を卒業後、高校に進学したようです。高校は一年の1学期で退学し、格闘技の世界に進んだそうです。なので学歴は中卒です。

嘘のような、本当の話で、柔道部の顧問に当時、流行っていたK−1をやりたいと言ったところ、「お前は、プロレスだ」と言って、新日本プロレスを紹介されそうになったそうです。

プロレスラーは嫌だったので、高校を中退して単身上京しました。どっかで見たような場面が広がります。そう、あのドラマ『サンクチュアリ聖戦』のような上京物語です。

あの上京場面は経験ずみだったのですね。あのシーンは経験が生きた、非常に感情が動かされるものでした。キタロー演じる親父さんの、存在が生きる感動的な場面でした。

推薦入学した、高校時代は、その時代を語るには、とても短すぎました。ある日、三者面談がありました。この時に前出の「お前は、プロレスだ」のくだりのあの一件です。この時の会話をずっと思い悩み、「このままでは、プロレスラーにされる」思いから、故郷を逃げるように上京を果たします。

上京したあと、困窮したことが語られています。ビーチサンダルを片方なくしてしまって、履き物を買えず、一時は、片足だけビーサンで過ごした時もありました。周りの同世代は育ち盛りでしたが、食料もろくにとれず、一時は栄養失調になり、体調を崩したこともありました。

ハングリーさはありましたが、格闘技の方ではあまり結果が出なかったそうです。彼は、それから、わずか10代の時を東京、沖縄、タイとまたにかけて、格闘技の修行時代を迎えます。

タイで食えない時は、カエルやスズメをとっては調理して食べたそうです。食べ盛りの10代の時を、食べたいものも食べずに腹をすかしていたのです。のほほん、と過ごしていた僕には、想像もできません。彼にとっては、キックボクシングを本気で挑んだ挑戦でした。

一ノ瀬ワタルの生き方

一ノ瀬ワタルさんは、5歳の時、父親と死別して、6歳離れた兄が父親がわりだったそうです。一ノ瀬ワタルさんは、怒りのシーンになると兄の顔を思い浮かべてしまう。それほどまでに、お兄さんを恐れていたそうです。何せ父親代わりですから、厳しかったのでしょうね。

一ノ瀬ワタルさんは、片目が色の見分けができない弱視で、小学校も午前中しかいることができず、毎日、病院通いで、母親が迎えにきていたそうです。

彼の心の優しさが、俳優人生に多大な影響を与えました。彼の経てきた、壮絶な生き方が、「人の痛みがわかる」演技を生み出しているのです。

彼のエキストラデビュー作『クローズZEROⅡ』への出演秘話としては、タイからの武者修行から帰り、内弟子としてキックボクサーをやっていたときのことです。

館長が三池崇史監督と知り合いで、『クローズ』が好きだった一ノ瀬ワタルさんは、作品に出たいことを打ち明けました。

「頭と眉毛を全部剃れるんだたらこい」と言われ、そこからエキストラ出演が決まったそうです。こうして一ノ瀬ワタルの俳優人生が始まりました。

近年、公開された『4月の余白』は、元半グレの男が運営する、青少年構成施設の物語り。彼が語ったのは、「人はどんな状況でも変われる」と言うことでした。

この役もまた、彼にしかできないキャラクターのようで、演技でない役どころでした。弱さとは痛みとは何か?考えさせる映画です。

一ノ瀬ワタルのまとめ

一ノ瀬ワタルさんの学歴は、地元の小中学校を卒業して、高校には特待生で進学するが1年の1学期でやめています。

一ノ瀬ワタルの生き方は壮絶を極めるものでした。5歳で父親と死別して、弱視で病院通い、怖かった6歳離れたお兄さんが父親がわり、16歳でキックボクサーで成り上がるために単身上京する。

俳優としてやっていく前に、エキストラ出演が最初で、「クローズZEROⅡ」に脇役とし出演しました。

彼の生き方が、そのままスクリーンに浮かび上がるような活躍です。さらに俳優として成長するのではないでしょうか? 彼がレッドカーペットの上を、歩く姿を想像するとワクワクしてきます。今後の一ノ瀬ワタルの活躍から目が離せません。

最後まで、お付き合いいただき、ありがとうございました。

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